人間には物語が必要です。自分達の過去の経験や考えを伝え、大きな決断や深い悲しみと戦う誰かのための助けとするために。物語は様々な形で伝えられていきます。口伝、文章、絵画、あるいは音楽、映像、そしてゲームとして。
Hellblade: Senua’s Sacrificeは最も主観的で他者に伝えることが難しい、自らの内から涌いて出る物語を伝えようとします。かつて第三者の手によって闇の呪いや化物憑きとして語られていた物語は、現在では「精神病」と呼ばれています。
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激しい剣戟アクションゲームを作るイメージの強いNinja Theoryが挑んだのは、できれば蓋をして隠してしまいたいのに、しかし誰もが無関係ではいられない物語です。
爽快感を廃したゲームプレイ
初めに断っておかなければいけません。私はこのゲームの(あえて誤解を恐れずに言えば)ゲームプレイの部分をあまり楽しめませんでした。難易度の落差の非常に激しい戦闘、気が付けなければ延々と答えを探し続けなければならなくなるパズルとルート探し。時折現れ急かされるホラーパート。ひとつずつ振り返ってみましょう。
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まずは難易度落差の激しい戦闘。初めのうちは敵も単体からせいぜい2、3体しか出てこないので、発動がかなり簡単なパリィやフォーカスと呼ばれるバレットタイムなどを駆使すれば本当に簡単に敵を斬り伏せることができます。
中盤に差し掛かると敵の数や強敵が幾度も現れ、敵の行動パターンを読んでいても徐々に対処が難しくなっていきます。後半ではビハインドビューが仇となるほどの数の敵に囲まれる戦闘や閉所での戦闘も増えて大変手こずらされました。あまりにも死にすぎると闇の侵食が進みセーブデータは消去されゲーム自体が終了となる恐怖とも戦わなければならなくなります。
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ヒントの少ない謎解きとルート探しには戦闘以上に苦しめられました。気づきとルート探索で構成されたパズルはマップ内をまるで暗闇の中を手探りで歩き回るように迷わされました。クリアーした今思い返すと、気がつくと本当に些細なことなのにそれに気がつけないのかという苛立ちがありました。
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さらに私を追い詰めたのは――このゲームが精神病を題材にしたゲームであるときに気が付かなければならなかったのですが――ホラー要素が本当に怖かった事。まるでカレーが辛いことに文句をつけるようで恐縮ですが、ホラーゲームが本当に苦手な私は「一部の人はこれらの描写によって不安を感じる可能性があります。」と最初に表示されていることを信じてプレイして大変後悔しました。こんなの見せられたら誰だって不安になる!と何度エスケープキーを押したことか…。
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これらを読んで頂いてもわかるように私はこのゲームをプレイするための素養の殆どを満たしていませんでした。もうひとつ加えておくと私は精神病を経験したことが無いので、このゲームの描写が何処まで正しいのかも判断が付きません。深度を無視すればどの心理描写も他のゲームで目にしたことがあるものが多かったとも実際に感じていました。
私にはこれらの要素を凡庸、あるいは苦痛としか感じなかったのに何故このゲームを最後までプレイすることができたのかを振り返らなければなりません。やめようと思えばいつでもやめて他のゲームをプレイすることもできたのに。(これは秘密ですが、Steamだけで1500本、GOGなど他のサービスも含めれば3000本くらいはやらずに放置したゲームが眠っています…。)
爽快感を廃したゲームプレイはいつの間にかプレイヤーと主人公を繋ぐ
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主人公であるセヌアはクリっとした瞳が可愛らしい、まだ年端もいかない少女のような風貌をしています。彼女はゲーム中常に傷つき、打ちひしがれ、泣き叫びます。恐ろしい敵とまるでアーカムシリーズのバットマンのように華麗にパリィを決め、例えグラフィックの上では攻撃が当たっているように見えても全くお構いなしの素早い回避を駆使して戦いますが、そのさなかで彼女の発する言葉は悲痛極まるものがあります。膝をついて動けなくなるほど強烈な敵の攻撃を受けても何度も立ち上がり、まるで悲鳴を上げるような声で剣を振ります。普段はあざ笑うかのように囁く幻聴も、戦闘ではまるで私の思考をそのまま伝えるようにセヌアを応援します。
イライラしながら探し回ったルートや解いたパズルは、最終的にまるで引き裂かれた彼女の心を再びひとつに結んでいるような感覚が生まれていました。私にとって恐ろしいホラーパートも実際に体験していた彼女は更に恐ろしいものだったでしょう。
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端的に言ってしまえば私がこの辛いゲームと戦っているとき、彼女も戦っていたからです。たった8時間でも彼女の背後に居る幽霊ともただの幻聴とも取れるような存在として一緒に旅する間、私は常に勇気を貰っていたのでしょう。ゲームをプレイすることに勇気が必要かどうかはこの際おいておいてください。何度も言うように本当に何度かやめてしまおうと思いました。ただ、一緒に戦う彼女を永遠にそこにとどめて置くのはそれ以上に耐えられませんでした。
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もう少し距離を取って理由づけすれば、主人公の魅力がこのエンターテイメントの欠片も見えないような暗黒のゲームで進むべき方向を照らしてくれた光だと言えます。あまり距離が取れていませんか?このゲームは非常に主人公との距離が近いビハインドビューを採用しているから仕方がありません。
あやふやな存在であるプレイヤー
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ゲーム中では確固たる存在として描かれる主人公とは対象的にプレイヤーの存在はあやふやです。もちろん他の多くの主人公の姿が見えるゲームでもそれは同じだとも言えますが、このゲームではまるで画面の向こうにいる私の存在を知覚しているような描写が多々あります。それとは逆に、プレイヤーの存在を常に主人公へと伝えている描写もあります。それはゲーム中では幻聴として描写され、それに答えるように…まるで主人公は画面の前に居る私に気がついているように振る舞う描写が数多く用意されています。
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プレイヤーの視点は場面場面でシャッフルされ、幻聴の発生源や幽霊といった類のようにも、主人公のようにも、あるいは登場人物の誰かのようにも描写されます。この感覚がまるで私を自分という基盤が揺らぐような気分にさせる…というと言いすぎかもしれませんね。
本当に悲しいことへ立ち向かうということを物語る
精神病を題材にしたゲームを作るときは現代劇であることが少なくありません。人の精神を描くときにあまりにも状況がプレイヤーを取り巻く今と乖離していると、それが果たして現在の常識で理解できる精神なのかわからなくなるからです。戦争を描く中で殺すことに疑問を抱かない主人公は少なくありませんが、今の感覚で言えばそこにすらプレイヤーの心理との乖離があることは言うまでもありません。
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しかしNinja Theoryは敢えて全く常識の違うだろう遠い昔の時代を舞台に選びました。恋人の生首を手に旅するなんて信じられますか?でも彼女にはそれが当然です。
精神病患者や研究者への取材をもとに作ったという当事者ではなく第三者が精神病を扱うからこそ、直接プレイヤーに届けるよりワンクッション置いて物語という形にすることを選んだのです。 そこには先人の知恵があります。寓話や伝説といった形で人間の姿、あるいは良く生きるための方法を語ることは人を助けるひとつの手立てになります。聖書が良い例でしょう。
人間には物語が必要です。例え直接答えを提示できないとしても、他の誰かがそこから何かひとつでも光る欠片を見出すことができるかもしれません。Ninja Theoryが難しい題材をまるでおとぎ話のように描いたこの物語は、今苦しむ誰か、そしていつか苦しむ誰かの助けになるようにと願って作られたのでしょう。
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まだ始まったばかりの物語
ゲームの主人公は現実的に見れば精神病やそれに類するものだと言われることがあるそうです。まるで死を恐れぬ勇気より蛮勇のような勢いで敵の猛攻の中に身を晒すこともあれば、何かを探して何もないマップを歩き回り壁の前で延々とスペースバーを叩き続ける。もしかしたら自分が進む道はそこしか無いんだと示す点のような幻覚を見ているのかもしれません。 冒頭でも書いたとおり、このゲームの精神病の描写は経験のない私からはほとんど普通のホラーゲームに映ることが多々ありました。きっと精神病についての理解なんてこれっぽっちもできなかったんだと思います。
私は人間の精神を題材にしたゲームの多くがホラーを含むことにもまだ合点がいっていません。そうしなければ語れないのかも疑問に思います。これはまだ始まったばかりの物語。いつかひねくれ者の私でも本当に理解できるような物語に出会えることを願ってやみません。
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スコア:3点
- 5点(人類誰しもが遊ぶべきゲーム)
- 4点(ジャンルを代表する作品。そのジャンルに興味がなくてもゲームファンならオススメ)
- 3点(そのジャンルのファンであればプレイ推奨)
- 2点(そのジャンルをやり尽くし、ほかに探しているならプレイして欲しいゲーム)
- 1点(誰にもオススメできないゲーム)
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