心を揺さぶる美しい世界を見たいなら、『Voyage』はオススメだ。ひとり、あるは友達や恋人、家族といっしょに、映画を見るような気分でゆったりとした時間を過ごせるだろう。
本作はいわゆる「雰囲気ゲー」だ。難しいパズルはない。手に汗握る戦闘もない。主人公ふたりが、不思議な世界を手に手を取って旅するゲームだ。
ひとりで遊ぶならふたりの主人公を切り替え、ふたりで遊ぶならふたりの主人公を同時に操作し、小さなパズルに挑戦することになる。本稿は、ひとりでプレイした『Voyage』のレビューだ。
美しい世界を歩く。それだけで楽しい
トレイラーやスクリーンショットを見てすぐにわかるとおり、本作は手書きのアニメーションを大きな特徴としている。この素晴らしい風景でさまざまな場所を冒険できることが、プレイヤーへの最大のご褒美となる。
不思議な生き物たちの住む暗い森、そこを抜けると目の前に拡がる平原、一寸先も見えないような砂嵐が吹きすさぶ砂漠、そして不思議な力で動く遺跡。
これらの風景は一枚絵として美しいだけでなく、アニメーションすることで美しさをより際立たせている。湖面の波紋、吹き抜ける風が波を作る草原、主人公に直接干渉しないが確かにそこにいる不思議な生き物たち。
初見では全体的にフラットな印象を受けたが、陰影や太陽光を感じさせるメリハリのきいた絵作りはさまざまなシーンで印象的だ。ピントが合わずにぼける近景、空気によって霞む遠景ともしっかりと描写され、アニメーションも賑やかなアートは見ていて楽しい。
『いっしょにチョキッと スニッパーズ』や『Pikuniku』、『Lovely Planet』などに楽曲を提供したカルム・ボーエン氏の楽曲もこのリラックスした世界によく合っている。音楽の流れ始め、切り替わる瞬間も良い。無音になるからこそ強調されるシーンも印象的で、良質なヒーリング映像を見ているような気分になれた。
いっしょに歩く。それだけでうれしい
風景のアニメーションも印象深いが、主人公ふたりの細かなアニメーションにはさらに深く感銘を受けた。重い物を運び終えたときに勢い余って尻餅をついたり、滑り降りた先でバランスを崩して転げたり、ふたりでえっちらおっちら協力して高いところに登ったり。かわいらしい所作でがんばるふたりを見ていると、自分で動かしながらもついつい「がんばれがんばれ」と応援したくなる。
アニメーションに力を入れている理由は、美しさを求めた結果だけではない。身振り手振り、あるいは背景のアニメーションで物語を語るためでもある。本作は徹底してプレイヤーに理解できる形での文字情報を廃している。そのため、彼らの感情は身振り手振りからしか読み取れない。作中のストーリーや主人公ふたりの感情だけでなく、それ以外の点でも言語依存が徹底的に廃されており、オプション画面ですらアイコンの表示のみ。どれがゲームを終了するボタンなのか、少し試さなければならなかった。
そんなゲームなので、チュートリアルからして半ばパズルだ。ゲームの操作方法は最初のパートできちんと説明される。絵で。ボタンの上に何らかのアイコンが書かれており、そのボタンを押すとアイコンに対応した何かが起きる。
それゆえ、まず操作方法を見いだすことからゲームが始まる。実はこの「これは何ができるボタンなのか」を理解するのは作中でも難しいパズルだ。操作方法がわかれば、ゲーム中に謎解きで困ることはほぼないだろう。
一方、物語の秘密や世界の背景がすべてが語られるわけではなく、それゆえ「雰囲気ゲー」というジャンルなのだともいえるだろう。すべての「なぜ?」に答えを求める筆者にとっては考察しがいがある反面、答えが出ないままモヤモヤする気持ちも残った。ん?もしや……?
前述のとおり、このゲームはふたりでも遊べるゲームだ。プレイしていてふと思ったのだが、誰かと同じソファにいっしょに座ってゲームをやったとき、この背景や主人公たちのことについて語り合うにはとても楽しいのかもしれない。それを狙っているのかもしれない。
かもしれないというのは、筆者がゲームをひとりで遊んだからだ。結局のところ、本当に楽しいかはふたりで遊ばなければわからないだろう。もちろんひとりでも遊べて考察だってできるので、ひとりを愛するプレイヤーも安心して欲しい。主役ふたりが近くにいるとき、インタラクトキーを押すとハグできることなんて気にするな。
総評
美しいアニメーションと言語に依存しない物語は、「雰囲気ゲー」というジャンルのファンには見逃せないキーポイントだ。旅する世界は森や平原、砂漠などバラエティ豊か。ペース配分や配置のバランスも素晴らしく、陽光が遮られた暗い森を抜けると、突然白飛びするような明るい平原が目の前に拡がる。その次はまた雰囲気を大きく変えて……と、これから先に何が待ち受けているのか、常にわくわくさせられた。
一方、アニメーションを特徴とするゲームのため、一部冗長に感じる部分もあった。移動するだけのシーンや、アニメーションが終わるまで待つだけのシーンでは、スマホをいじってしばらく待つかと思わせられることがあった。
また、背景で「どこが登れるか」というのがわかりにくい箇所があった。まっすぐ進んで行き止まりに突き当たったところは必ず登れるというわけではなく、少ないがそうではないところもある。
多くの場面は美しい背景を見ながら移動するため気にならなかったが、主人公ふたりの移動が遅めに設定されているの点も冗長に感じさせる理由だろう。代わり映えしないシーンを長距離を移動するシーンで、この足の遅さは確実に短所だった。
こういった不満点は作品としての根底に関わることでもあるので、「こう変えたら良い」という提案はできない部分だ。冗長に感じるシーンを整理することで、一部はなんとかなるかもしれない。とはいえ、これはそういうゲームなのだ。
あえて欠点として挙げてはいるが、それはある意味で、ホラーが怖いことに文句をいうようなものであることも述べておかなければならない。
「ふたりの主人公」というのがゲームの特徴のひとつだが、難しい謎解きがない反面、ふたりを上手く切り替えて解く謎がほとんどないのは評価の分かれるところだろう。もちろんある場面もあるが、『ブラザーズ 2人の息子の物語』のようなゲームプレイを想像すると肩すかしを食うかもしれない。
これはプレイヤーによって評価が変わるはずだ。筆者にとっては良いとも悪いとも書けない点でもある。よって不満点として挙げるのではなく、「こういうゲームだ」と表現するにとどめる。
ストーリーはすべてをつぶさには理解できなかったが、ふたりの関係やバックグラウンドがまったくわからないことはない。後から見返すと、「そういうことだったのか」とわかる場面も幾度も出てくる。アニメーションと世界の美しさに強く後押しされ、満足できるストーリーだった。
過度な挑戦はなく、難しい操作も不要で暴力的な表現もない。言語にも依存しないため、ゲームを普段遊ばないという人や、小さな子供も含めて幅広いオーディエンスに響きうる。おそらく開発者としてもそこを狙っているのだろうが、その試みは概ね成功しているはずだ。
ひとりで遊んだ場合、プレイ時間は2時間前後。お値段1500円ということで、良質な劇場アニメを1本見た気になれるゲームだ。「雰囲気ゲー」を蔑称として使わない、このジャンルのファンにオススメしたい。
長所
- 美しいアニメーションと豊富なロケーション
- 陰影表現
- 場面に合った音楽
- 言語情報を廃したストーリーテリング
短所
- 一部冗長なアニメーション演出
- 遅い歩行速度
- 一部どこが登れるかわかりにくい背景
スコア:3点
- 5点(人類誰しもが遊ぶべきゲーム)
- 4点(ジャンルを代表する作品。そのジャンルに興味がなくてもゲームファンならオススメ)
- 3点(そのジャンルのファンであればプレイ推奨)
- 2点(そのジャンルをやり尽くし、ほかに探しているならプレイして欲しいゲーム)
- 1点(誰にもオススメできないゲーム)
タイトル:『Voyage』
デベロッパー:Venturous(スウェーデン)
パブリッシャー:同上
発売日:2021年2月19日
プラットフォーム:PC(Steam)
価格:1520円
公式サイト:Venturous
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