『Superliminal』レビュー。世界を変える目標を掲げた夢見るゲーム

感動するゲームの条件はさまざまあるが、ゲームメカニクスとストーリーが強固に結びついたとき、そのゲームは感動を生み出す。『Superliminal』のエンディングにたどり着いたとき、僕が得た感情は感動だった。
 
ゲームはかっこよく言うと「トロンプ・ルイユ」、耳なじみのある言葉にすれば「だまし絵」や「トリックアート」と呼ばれる技法をパズルに応用したゲームだ。アイテム探しを含む強制遠近法によるパズルや、トリックアートを用いて隠されたルート探しを行うことで先に進む。
平面に描かれた絵が、見る場所によっては本当に立体物としてそこにあるように見えるアート作品を見たことがあるかもしれない。本作にはそういった視覚の曖昧さに気づくことで、プレイヤーにあっと思わせる仕掛けが随所に用意されている。
 
だが、これだけでは感動とは呼べない。気づきによる喜びは本作の重要な構成要素だが、パズルによる抑制と気づきによる解放は、ゲームメカニクスと物語をもっと深い部分でつなげていく。
 
本作は人間が目がどれだけ曖昧かを描き、そんな目を通して認識する世界がいかに不安定かを伝え、不安定な世界に異なる価値観を与える術を教えようとする大きな目標を掲げた作品だ。
 

プレイヤーの視覚と常識を混乱させる錯視パズル

『Superliminal』の代名詞ともなっているのが強制遠近法を用いたパズルだ。プレイヤーの見る世界そのものが物体の大きさに作用する……と言葉で説明するより、実際に動画で見た方が早いだろう。

 

 

道をふさぐほど大きなチェスピースが、背景との比率で大きさを変えていることがわかるはずだ。これを見た後なら、このパズルを「遠近法が物の大きさを決定する」という言葉で簡単に説明できる。
だが、物体を遠く離れたスイッチの上に置いてドアを開ける仕掛けでは、遠近感と物体の大きさが混乱して最初は難しく感じた。「遠くにあるから小さく見える」と「小さいから(近くにあっても)小さく見える」が等しい世界だからだ。
「地面の影を頼りにする」ということを覚えてから不自由さは大きく減退したが、それでも遠く離れた場所に物を置くパズルは操作性の悪さが目立った。

 

操作性は一部不親切だが、見た目以上に高いところに登れるジャンプや、錯視を利用したパズルでの立ち位置の補助など、3次元空間を動き回るゲームだけにサポートも忘れていないところが好印象だ。

多くのパズルは物体の大きさを変えて足場にするという類いのもので、特に前半は少し退屈だ。だが、作中に良く出てくる「サイコロ」の足場はゲームが進むにつれてそれまでと違う形を取るため、「こうくるか!」という新鮮な驚きもある。

 
それまでのルールにない突飛なパズルも登場するが、実はヒントが近くに大書されていたりもする。パズルが解けた後にようやく「あれがヒントだったのか!」と気づくさりげないものだったのだが、パズルや物語のヒントになる記述はゲームの端々に登場する。どうやら狙ってそうしているようだ。

 

 

大パズルの間を移動する際には、トリックアートを使ったルート探しも待ち受けている。移動経路自体は総当たりでもなんとかなるようなものなので、美術館のトリックアート展を見る感覚で気楽に楽しめる。正解のルートを見つけてもいろいろ探索し、あえて引っかかってみるのも楽しい体験だ。

 

パズルを楽しませるための豊富なロケーション

強制遠近法を用いたパズル自体は単純な物が多く、おもしろいと思う謎解きはあまり多くなかった。しかし、ゲームの豊富なロケーションがプレイヤーを飽きさせないゲームプレイを実現している。
冷たい研究施設のテストチャンバー、美しい内装のホテル、無骨な倉庫などなど。それらが代わる代わる登場し、先に進むことが楽しくなる。似たようなパズルであっても、ロケーションが変わるだけで新鮮な気分で臨める。
ホテルの館内で流れるような落ち着いたピアノサウンドと、無機質な実験施設や倉庫の無音のコントラストもゲームの雰囲気演出に一役かっていた。

パズルとは直接関係ないが、自動販売機や消化器などプレイヤーがちょっかいを掛けられる設備があるのも評価できる。パズルと無関係に操作できる物体の種類は少なめだが、場所によって異なる挙動を示すこともある。それらを探して違いを見るのも楽しい。
 

多くの場面が室内なので描写負荷は基本的に軽めのゲームだが、光と影が重要なシーンや物が大量に出るシーンは動作が重くなる。美しい描写は多いので、それなりのPCで遊ぶべきだろう。

 

 

現実にありそうな場所だけでなく、後半は抽象的な風景も出てくる。ゲームに登場するパズルの中でも特におもしろいのはこのパートのルート探しだ。トリックアート展のようなルート探しが楽しいことは前述しているが、ここではしっかりとパズルとして昇華されている。ストーリーの盛り上がりもあり、ゲームの中でももっともおもしろいとパズルだと感じた。

その一方で、上下や方向感覚などプレイヤーの認識を混濁させる仕掛けも多く、特に部屋の天地が壊れるパートは3D酔いをしやすい人にはかなりキツいだろう。また、広いマップが多く出てくるのもこのパートだ。走ることができないため、ストレスに感じることもあった。

不満点はあるものの、表現したいものを描くためには避けて通れない場面であることも間違いない。パズルの出来にも直結している『Superliminal』のアートは、ゲームでも特に評価できる点だ。

夢の中で行われる実験的治療という王道のストーリー

『Portal』の大ヒットにより、一人称視点パズルゲームの数も爆発的に増えた。そのなかには「プレイヤーは被験者として何らかの実験を受ける」という、『Portal』の設定を素直に受け継ぐものも多い。
『Superliminal』は、プレイヤーが夢を使った実験的な治療を受けるという設定だ。若干差異はあるが、大筋で似通っているといえる。
 
 
テストチェンバーを巡り治療を受ける中で、明らかに舞台裏だと思われる場所がチラリと見える点もそのまま『Portal』の引用だ。そしてもちろん実験中には想定していない事故が起きる。ゲームで行われる実験で事故が起きないものは無い。夢から目覚めるため、頼りにならない主治医と狂ったAIの言葉に導かれるまま、夢を通じて心理の深い場所へと潜っていく。
 
夢には楽しいものもあれば奇妙なもの、恐ろしいものもある。僕は本当にホラーゲームが苦手なのだが、夢で治療を受けるという物語の概要を聞いてある程度は覚悟しておくべきだった……。

 

「被験者」、「実験中の事故」、「夢」、「狂ったAI」、そういった言葉が好みなら、本作のストーリーはきっと気に入るはずだ。

ストーリーを伝えるためのローカライズの質は高めで、登場する医者とAIが徐々にプレイヤーを不安にさせるところも良く日本化されている。ゲームにはホワイトボードなど文字が書かれたものが多数登場する。こういったゲームでは、壁に貼られたカレンダーやホワイトボードに書かれたメモなどが重要な意味を持つことが多い。これらは前述の通りゲームのヒントになる事もあるのだが、こちらが日本語になっていないのは残念だった。
これはローカライザーの問題というより、『Bioshock』のようにゲーム内の文字にキャプションをつけられないことによるものだろう。

「現実の捉え方を変える」大きな目標を掲げた夢見るゲーム

本作のパズルや世界設定は「現実を形作るのは捉え方である」という考え方に基づいて作られている。僕は最初、ものの捉え方をそのまま遠近法で変化する世界に当てはめた単純なものだと考えていた。
 
強制遠近法を用いたパズルの中には、ゲーム序盤に出すべきだと思うような単純なものが後半に出てくることがあった。操作ミスで物が小さくなりすぎてリカバリーできず、ロードしてやり直したパズルもある。それまでのルールを無視する、不親切と思えるようなパズルもあった。奇妙でおもしろいものもあるが、すべてが成功しているとは感じなかった。

 

だが、そういった不格好に思えたパズルも、「現実を形作るのは捉え方である」ことを示すための一例であると考えると一貫したものに思える。これらのパズルは解いて楽しませるだけでなく、ゲーム内でもルールという名の常識をプレイヤーすり込むための仕掛けだったのだ。
だからこそ、その認識を打ち破るようなパズルが印象に残る。ゲーム中でも登場回数が多いサイコロを足場にするパズルでおもしろいと感じたものは、特にそういう物が多かったように思う。サイコロだと思ったけど……と驚かされる瞬間はとても楽しかった。

 

自分の認識が世界を形作る。ならば認識を変えれば世界も変わるはず。このゲームはそう伝えたかったはずだ。ただし、それを描ききれたかは疑わしい。現実はおそらくUnity Engineで作られてはいない。現実のシステムは、ゲームシステムのように簡単に書き換えることはできないだろう。
ゲームと現実は違う。それでもゲームは現実の中にある。現実の苦しみに立ち向かってなにも得られなかったのなら、何かを得るために現実そのものの見方を変えたいと思うことは僕の人生でも幾度かあった。

 

問題にぶつかる苦しさと解いた喜びはワンセットだ。苦しみから逃げたとき、喜びからもまた逃げることになる。どうしても解けないパズル、ドアの閉まる音や「DIE」の文字に本気で驚いたホラーパート。苦しくても先に進み続けたとき、ゲームはエンディングを迎える。

人が作ったからこそ、多くのゲームは褒めるのが得意だ。現実と違い苦しみにはかならず報酬が用意されている。それは『Superliminal』も同じだ。苦しみを乗り越えた後に訪れるエンディングは本当に美しいものだった。
エンディングの詳細はこれからプレイするあなたのために伏せるが、少なくとも僕は他の一人称視点パズルゲームで見たことのない演出で大いに楽しめた。作品のテーマをプレイヤーに反芻させるエンディングは感動的で、本作をプレイする価値のあるものだと強く印象づけてくれた。


用意されたすべてのパズルを解いてゲームをクリアできたからといって、すぐに現実を新しい視点で見つめられるということはないだろう。見方を変えればそれで良くなる保証もない。それでも、バカが付くほど前向きで、ゲームを通じて誰かを必死に励まそうとする人々がいるのはそれだけで救いになると思う。
『Superliminal』は良い夢を見て目覚めた朝のように、あなたを少しだけ前向きにしてくれるだろう。

 

長所

・豊富なロケーションと音楽を使った雰囲気のコントラスト
・錯視を利用したルート探しパズル
・ゲームで培った常識をあえて壊すようないくつかの印象的な遠近法パズル
・ローカライズを含めナレーターの良い演技を利用したストーリー
・ロード画面
・エンディング

短所

・一部のパズルの退屈さ
・プレイヤーが行けない場所に物を置くパズルの操作性の悪さ
・覚悟させずに登場するホラー演出
・一部のマップの3D酔いしやすさ
・ホワイトボードなどローカライズされなかったゲーム内の文字
・一部のシーンの描画負荷

スコア:3点

  • 5点(人類誰しもが遊ぶべきゲーム)
  • 4点(ジャンルを代表する作品。そのジャンルに興味がなくてもゲームファンならオススメ)
  • 3点(そのジャンルのファンであればプレイ推奨)
  • 2点(そのジャンルをやり尽くし、ほかに探しているならプレイして欲しいゲーム)
  • 1点(誰にもオススメできないゲーム)

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