見た事は無くとも魂に刻まれた風景を歩く。「NOSTALGIC TRAIN」レビュー

一度も目にしたことが無いはずなのに、言いようのない懐かしさを感じる風景。誰かに教えられたのかもしれません。テレビで懐かしい風景という紹介と共に見た光景が残っているだけかもしれません。あるいはもしかしたらそれは、誰かの記憶が目に見えない白い光球から流れ込んできたからかもしれません。

 どことも知れないファンタジックな異世界、イギリスの片田舎、お屋敷、山の中。プレイヤーは様々な場所を歩きまわってきましたが、日本の小さな村を歩く感覚は唯一の体験となるでしょう。
 果たして日本発、そして個人デベロッパーの処女作である本作「NOSTALGIC TRAIN」はどのような作品なのでしょうか。

これはウォーキングシムなのだろうか?

 だれともしれない誰かとしてどこかもわからない何処かにある村「夏霧」の駅で目が覚める。ある意味で安定感のあるゲームのスタートは、しかしウォーキングシムとしては奇妙な感覚でスタートします。妙にダイアログが多いのです。このダイアログの発生する小さな光球を目眩のようなホワイトアウトを感じながら探すことがプレイヤーの主な目的になります。

 マップを自由に探索しながらいつの間にか一本のストーリーの上を歩いていたことに気がつく瞬間はウォーキングシムの醍醐味のひとつですが、このゲームでは向かうべき場所はほぼ例外なく主人公である「私」が指示してくれます。プレイヤーはゲームの大半をこの主人公の声に導かれながら進んでいくことになります。
 果たしてこの感覚は何なのでしょうか。ゲームの目的が記憶を写す白い光球を探すところはEverybody’s Gone to the
Raptureに似通っています。しかしそこで得られる感覚はほとんど別物であり、このゲームはむしろ実際にはビジュアルノベル、あるいは単純にアドベンチャーゲームとして日本でよく知られるジャンルのひとつなのではないかと思い至ります。
 ではこのゲームは完全にウォーキングシムから逸脱したゲームなのかというと、そんな事はありません。

蝉しぐれ、潮騒、せせらぎ、踏切と電車の走る音

プレイヤーが主人公に導かれながらこの小さな村を歩き回る間に見て回る風景では様々な音が聞こえてきます。

 きっとこのスクリーンショットを見ただけでこの場所でどんな音が聞こえるか想像できると思います。うるさいだけのはずなのにどこか心地よい蝉しぐれやガタゴト走る電車の音が聞こえて来ますか?
 夏霧という名前の通りゲームプレイ中まるでサイレントヒルのように村を霧が包み込みますが、ふと気がつくとどこまでも青い空と青々とした木々、キラキラと光る水面が眼の前に広がります。
 かつて揶揄の言葉だったウォーキングシムがその存在価値を認められた後もウォーキングシムと名乗るのは、歩くことそれ自体に意味があるからです。NOSTALGIC TRAINにはウォーキングシムを名乗るに足る散歩する楽しさが確かに存在しています。

離れた点と点を繋ぐ移動手段としての電車

 タイトルにもなっているNOSTALGIC TRAIN、電車はこのゲームを語るために外せない大きな特徴になっています。ひとつの物語が終わると無人のはずの駅から踏切と電車の音が聞こえ、プレイヤーはしばらく自らの力で歩くことをやめて受動的な移動に身を任せることになります。
 本来ならどこか別の場所にたどり着くはずですが、電車はただ村の外側を一周しトンネルを抜けてまた同じ駅にたどり着きます。しかし同じはずなのに出発前とはほんの少しだけ違う気がします。それは新しい物語の始まりです。
 徒歩では決してたどり着けない点と点を結ぶ電車は、ふたつの物語を繋ぐ場としてこれ以上に相応しいものは無いでしょう。

 少し余談になりますが、オカルトファンとして見るとこの環状線というものは悪いものが中に入らないように、あるいは中の悪いものを外に出さない結界として語られることがままあります。もちろんただの都市伝説ですが、この電車は結界の中に夏を閉じ込めようとしたのでしょうか。

スロースタートな物語だけど…

 
 序盤の物語は私がウォーキングシムに期待していたストーリーテリングからの逸脱もありなかなかノれるまで時間がかかりましたが、物語が核心に迫ってくるに連れてどんどん引き込まれていきます。勝手気ままに喋って事あるごとにプレイヤーに向かう場所を指示してくる主人公に初めは閉口したものの、彼女に秘められた謎やこの村の人々のことが徐々にわかってくるに連れて一緒に歩くパートナーへと昇華する喜びに満ちた感覚。終盤の小さな出来事も相まって最後には主人公と一緒に必死に記憶を探す事になっていました。
 凛としていながらも物悲しいピアノの曲に乗せて、夏の終わりに感じるような言いようのない喪失感を残して終わるこの小さな村で起きた物語は、なにか綺麗なものを私の心に残して夏の空へと消えていきました。

もうひとつの物語

本作にはもうひとつ重要なパートが存在します。フリーモードと名付けられたそれは夏霧の村をただ歩き回るだけのおまけのようなパートですが、ストーリーモードだけプレイして夏霧を去る電車に乗り込んでしまうのはあまりにもったいないものになっています。

 夏霧の村ははっきり言って非常に小さく、ただあるき回るだけなら30分もあれば事足りる広さです。しかしフリーモードで語られる現実の時代背景と共に紹介される架空のはずの夏霧の観光案内を読んでいるうちに、この村はきっと日本のどこかにあるんじゃないかという確信に似た期待が湧いてきます。

まだ見たこともない故郷への憧憬

NOSTALGIC TRAINは様々な点において私の期待するものとは違うものを提示したゲームでした。美しいながらも村とも言えない本当に小さな夏霧の村、語義の議論は避けますがナラティブというにはあまりにも直接詳細に語りすぎるダイアログ。
 しかしこれらが理由で本作を劣った作品であると結論付ける理由にはなりません。最後には主人公と一緒に必死に記憶の欠片を探させることにまで成功し、苦しさや寂しさの中にも小さな希望の光を灯し続けたストーリー。ただそこにいるだけで様々な想いが心に去来する見たことのないはずの懐かしい故郷の情景。そこに居る、あるいは居たという記憶は、きっとプレイヤーの心にいつまでも残ることになるでしょう。

スコア:3点

  • 5点(人類誰しもが遊ぶべきゲーム)
  • 4点(ジャンルを代表する作品。そのジャンルに興味がなくてもゲームファンならオススメ)
  • 3点(そのジャンルのファンであればプレイ推奨)
  • 2点(そのジャンルをやり尽くし、ほかに探しているならプレイして欲しいゲーム)
  • 1点(誰にもオススメできないゲーム)

コメント